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2016年10月23日 三輪山

大和の神奈備山、三輪山に登ってじゃなく登拝してきました。

登山ではありません、登拝なんです。拍手

 

朝早く出て、大和三山もセットでとの目論見でしたが、一人やしどうとでもなるとの緊張感に欠ける態度から、出立が遅れJR巻向駅から歩き始めるのは11時を回る頃。
JR巻向駅からとしたのは、久方ぶりに箸墓古墳を眺めてみたかったから。

この日はほぼ曇天。

 

箸墓古墳とその向こうが三輪山
箸墓古墳といえば、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓とされていますが、邪馬台国畿内説では卑弥呼の墓と比定されていますね。

ああ古代の浪漫だ。ふふっ

 

箸墓古墳の周囲をぐるっと周って、北へ山の辺の道方面に向かいます。

 

三輪山

 

 

山の辺の道を少し進み荏原神社を経て、

 

 

更に進んで大神神社の敷地内に至り、三輪山の登拝口のある狭井神社に。

 

拝殿の一角に登拝の受付があり、
所定の用紙に住所、氏名、電話番号を記載し登拝料300円を添えて神職の方に申込しますと、鈴のついた襷が渡されます。
この襷はナンバーリングされていて、登拝が済めば返却しますので、それで登拝者が戻ってきていることを確認しているものと思われます。
また、この襷は正式には首からぶら下げるものらしく、たすき掛けしている人は神職さんに注意されていました。
私もスマホのGPSアプリが発する音声に関して注意されたので、その場でiPhoneをOffに。汗

 

大神神社のご神体「三輪山」は、太古の昔より神さまの鎮まる神聖なお山で、禁足の山として入山が厳しく制限されてきました。
近代になり、熱心な信者の方々の要望もあり、特別に入山を許可することとなり現在に至っていますが、もちろん三輪山への登拝は「お参り」が主眼であり、観光や一般の登山・ハイキングとは異なることに十分留意し、敬虔な心で入山いただきます。

(大神神社 三輪山登拝について ページより引用)

 

神職の方から登拝に関する注意事項のガイダンスを受けます。
主な禁止事項は、
飲食・火気の使用
カメラ等での撮影
水分補給以外の飲食
等です。

 

こちらが登拝口

 

登拝口にあるお祓い棒(御幣っていうらしい)をとり、説明に従い自らお祓いをして登拝口に踏み入ります。
この先は写真が撮れないので、申込時にいただいた登拝案内図からイラストを借用します。

 

敬虔な心持ちで登拝口を出立

 

この磐座は登り下りとも気付かず、見逃しました。惜しい。

 

よく整備された登拝道を往きます。

山慣れしていれば、さほど時間はかからず。

道中は展望が得られるような場所はなし。

 

山頂手前には小振りの拝殿が。

 

最頂部?でも周囲は木樹に覆われて展望はなし。
磐座が据えられいて、奥津磐座とのこと。
こちらもある意味神の宿る御神体ってことでしょうねぇ。
こんなのを見るにつけ、西洋的な一神教より、山の岩や樹など全てに霊魂が宿るという自然信仰というか日本的なアニミズムが好ましいと思ってしまいます。

 

大神神社の拝殿

御神体はもちろん三輪山です。

 

登拝が済んでからは、大神神社の拝殿まで進み参拝。

そろそろ14時に差し掛かろうとしてたんで大和三山は次回にして、大和八木駅まで歩いてお終い。

道すがらのBookOffに立ち寄ってみれば収穫あり、熊野古道の本を入手。

 

根は曖昧なブッディストで日々は唯物論的思考に終始しているほぼ無信心な輩が、大神神社(おおみわじんじゃ)のご神体である三輪山へというのもおかしなもんですが。汗
かつて、あれこれ愛読してきた伝奇系の小説や漫画の類では、古の中心地であったこの山が主体となって周辺地域は頻繁に登場してまして、また、そんなのに触発されて上田正昭さんや森浩一さん等の正統的な古代史関連の書物を読み漁るようになり、興味の向くまま山の辺の道は幾度か歩いてたりしてました。
その頃は山歩きを始める前だったんで、500mに満たない標高であろうと山に登るなんて考えはなく、三輪山は遠く見上げるばかり。
今なら登れると、此の度は巻向の地に足を向けてみたんです。
普通に山やったなあと、ある意味気が済んだ気分。納得

 

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