兵庫県から7、8時間。遠く群馬県と新潟県にまたがる谷川岳へ。目的の馬蹄形縦走路は、谷川岳 、一ノ倉岳、茂倉岳、武能岳、七ツ小屋山、朝日岳、笠ヶ岳、白毛門をぐるりと馬蹄形に回る23kmほどの縦走路。今回は運転手の疲労を考え麓から谷川岳中腹までロープウェイで上がる。麓は昭和の温泉街とクライマーの聖地小川山のように洋風レトロカフェが溶け合う観光地。キャンプ、ウォーターアクティビティ、バンジーも楽しめる。 登山とは思えない巨大な立体駐車場から直接上がれるロープウェイ駅から乗車、いざ谷川岳を目指す。
谷川岳山頂までは、”魔の山”という名前には似合わない小さな子供連れの家族から、老若男女ほのぼのとした雰囲気の登山道。都心からのアクセスも良く”近くて良い山”と親しまれているのがよくわかる。登山道は少し色付き始めた紅葉目当ての登山客で大混雑。ほとんどが谷川岳山頂の絶景を背に昼食をとり下山するよう。谷川岳山頂を越えると登山客はまばらになり、いよいよ”魔の山”と世界に名が知れた裏の顔が拝める。
“一ノ倉沢” 標高は2,000mにも満たないが、急峻な岩壁と複雑な地形に加えて、中央分水嶺のために天候の変化も激しく、過去の遭難者の数は群を抜いて多い。2012年までに805名の死者を出し、世界各国の8000メートル峰14座の合計死者数637名から飛び抜けた数は「世界の山のワースト記録」としてギネス世界記録に記載されているとか… 一ノ倉岳、茂倉岳と、心地良い風を浴びながら黄金色に輝く草の稜線を歩む。ピーク毎に設けられたバームクーヘン状の小さな避難小屋が、この山の激変する厳冬期の天候の厳しさを想像させる。
茂倉岳から笹平を進み、武能岳を下った峠のコルに佇むこじんまりとした山小屋”蓬ヒュッテ”が今夜の宿。夕暮れ前に到着して早々、往復25分の水場で各々の水汲みを勧められる。水量の多い水道のような水場は登山客にはありがたい。 水汲みを終え小屋に戻ると、先程の主人が小屋の説明を無駄なく説明する。
都心であればベンチャー企業代表と言われて納得がいくような、都会的な風貌のキリッとした主人が収容人数20人を一人で切り盛りしているようで、その段取りには無駄がない。 衛生上の観点から、シュラフは持参。1人1枚割り当てられた蛇腹マットが入口から回廊左右の板場、また2階の板場までびっしりと埋まる。夕食はマットを畳み板場に座った客に紙皿のカレーライスが配られる。売店など気の利いたものはなく、 購入できるのは潔くコーラとビールのみ(在庫あればスポーツドリンクなどあり) 。消灯は20時、朝食は4時前後に2回。 小屋の都合と山行の配慮から朝5時には小屋を出るように声掛けが行われる。 朝食は、早便の客が早々にシュラフを片付けると板間にテーブルが設置される。 紙皿に盛られた炊き込みご飯と、乾燥卵スープ、テーブル真ん中のポットの湯で各自で作る。 トイレは最近の改装で導入された、バイオトイレが1つ使用できる。
早朝5時、ヘッデンを頼りに残り半分の縦走路を進む…朝霧、流れる雲の垣間から覗く遠方の稜線。 馬蹄形の後半は、赤や黄の露に濡れた紅葉の絨毯が足元を彩る。
七ツ小屋山から丘を越えると霧は晴れ、どこまでも透き通る青空と群青の池塘、広がる緑の大地がつくる幻想的な景色、目の前に見えるのは朝日岳、木道を全速力で走る。 今回の山行に参加した個人的目的の一つ、池塘のある風景。ニ週間前に参加した隣接の巻機山では池塘に魅せられた。巻機山と朝日岳を結ぶ30km長の”幻の縦走路”、ジャンクションピークの道標の奥に人間を寄せ付けない道なき道を見た。
朝日岳から笠ヶ岳へ。三角形の稜線は鮮やかな紅葉の洪水が目に飛び込む。美しい景色が縦走の終焉を漂わせ、徐々に標高を下げる。 白毛門のピークからは下山道。 笹原や紅葉の木々のアーチをくぐるように、 ドングリが転がる豊かな樹林帯へ。そうここは豊かな森、そこにいるのは熊。山アプリでも出没履歴があり、昨日も目撃情報があった。 下山道とはいえその道のりは長く、 いくつもの鎖場や木の根の隙間を縫うような急登が続き、土合駅付近に合流し縦走を終えた。
夜の宿は、麓温泉街のゲストハウス。 手頃な値段のわりに、自由に使えるキッチンや清潔なベッドルーム、お洒落なカフェスペースに満足。 最高の景色を味わい、夜はしゃぶしゃぶ、昼は長野の手打ちそばに舌鼓。久しぶりの晴天に恵まれ贅沢な山行となった。